嘘つきの言葉たち

都市療法はてブロ支部

ミッシング・チャイルド・ビデオテープ(ネタバレなし)

2025年公開のホラー映画。監督は「イシナガキクエを探しています」などの演出を手掛けた近藤亮太。

 

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主人公の敬太は、幼少期に出かけた山で、弟・日向が失踪するのを防げなかったというトラウマに囚われており、山で行方不明になった児童を探すボランティア活動に勤しんでいた。

弟がいなくなるまでの経過を、当時の敬太は偶然にもビデオで撮影しており、そのビデオテープが母親から送られてくることで物語は始まる。

霊感を持つ同居人の司や、敬太をスーパーボランティアとして取材しようとしていた新聞記者の美琴とともに、失踪や山に潜む怪異の真相に迫っていく。

 

今作の触れ込みは「ノーCG」「ノー特殊メイク」「ノージャンプスケア」であり、視覚や音量に頼った表面的な怖さではなく、内面からこみ上げるような古き良きJホラーの復活を目指している。

特にジャンプスケアに関しては、「ただ音で驚かせているだけで、内容と関係ない」という悪印象を持っているホラーファンは多い。

「洒落怖」や「SCP」などをきっかけに、今もネットの匿名コミュニティ発、もしくはそのフォーマットに倣ったホラーをよく見かけるが、それらは本来音は存在しないものである(SCPの一部にはそういうのがあるが)。

自分は中高生の時に洒落怖を読み漁って育った世代なので、音どころか画像もなく、しかも口語調で綴られた言ってしまえば雑な文章なのに、なぜかトイレに行けなくなるほど怖い……という体験にはとても思い入れがある。

「それが、シチュエーションだけが持つ純粋な怖さだ」と思っている部分はあるので、そういった表現への期待は大きかった。

 

「ビデオテープ」がタイトルになっているということで、作品の大半がビデオ映像となるいわゆるファウンド・フッテージものを想定していたが、ビデオテープはあくまで話のきっかけであり、それなりにドラマ性がある。

単体で楽しめるほどとは言えないが、やりたいホラー展開に持っていくために作られたような適当なキャラ造形ではなく、各キャラクターの感情がそれなりにストーリー上意味を持つようになっている。

敬太と司はただ同居しているだけで、どういう関係かは明示されないが、ただの友人以上の感情は持っていそうで、パートナー関係のようにも見えるし、2人のどちらも好感の持てるキャラクターだった。

(説得力があるかはともかく)ホラーにありがちな「単独行動」「情報を開示しない」といった行動に、他人への配慮といったキャラクターの関係性上の理由付けもなされる。

 

ちなみに、試みや設定の面白さには期待してはいたものの、ホラーとして本気で怖がれるとは正直思っていなかったので、ホラーとしての怖さは期待以上だった。

というのも、自分は基本的にホラーに強いし、「ノージャンプスケア」自体は評価したいと思っているものの、別にジャンプスケアをなくせば怖くなるほど単純な話ではないとも思っているからだ。

これだけ嫌われてもジャンプスケアが多用されるのは、実際、効果的に怖がらせることができる手法だということなのだろうし。

しかし実際に今作では、視覚的にインパクトのないシーンでも相当な怖さを表現できていた(あ、考えてみたら怪談を話す音声コンテンツとかもあるわけだし、映像媒体に絞らなければ既存の手法なのかもしれないが)。

特に、旅館の不真面目そうな従業員が、敬太に山にまつわる言い伝えを伝えるシーンは、再現映像などもなく、本当にただ語っているだけの映像なのだが、内容の不気味さと言葉の抑揚だけでゾクゾクして、一見の価値があると感じた。

 

一方で、一般的に「ジャンプスケア」と呼ばれるものではないものの、「いきなり大きな音で怖がらせる」という表現自体は普通に存在していたので、そこはマイナスポイントだった。

また、ノーCGやノー特殊メイクといった試みについては、安っぽいCGや特殊メイクは逆に怖さを損なうという意味合いもあるのだろうが、予算のかかったそれらは普通に怖いので全否定する意味もなく、あくまで予算をかけず怖がらせるという制作側の都合のように思っていた。

ただ、CGを使わない場合、自然と「あからさまに怪異がはっきり見えるような絵面を出さない」ということになるし、よく見えない暗がりに何ががいるという怖さの表現には成功していたように思う。

「映画を観る側は同じお金を払っているのだから、制作側の予算など関係ない」というのが個人的な意見だが、こういう「不明瞭にしか見えないホラーの美徳」が広まれば、この取り組みの意義は大きいかもしれない。

 

そして近年のホラー作品から、切って離せなくなっているのが考察要素だ。

近藤監督が関わっている「イシナガキクエを探しています」「飯沼一家に謝罪します」、またYouTubeで視聴可能な「フェイクドキュメンタリー『Q』」も、今作と同じように多くの謎が散りばめられ、ネットでの考察が盛んな作品である。

ただ、テレビ番組である「イシナガキクエ」「飯沼一家」はほぼ明確な1つの答えがあるものの、「Q」は短編集でありわかりやすいオチもないため、それぞれの解釈の幅が大きい。

「解釈の幅が大きい」といえば聞こえは良いが、個人的には「それっぽい謎を詰め込んで、視聴者に勝手に考察させる作品」という風にも感じられた。

特に「Q」の最新話である「MOTHER」は過剰な考察をする視聴者を揶揄するような内容であり、「そこまで考えて作ってないぞ」という意図を個人的に感じた(これにも色々な解釈があるらしいが……)。

 

近藤監督はそれらの作品ではあくまで演出担当だったものの、演出と脚本は切り離せない要素と思っているので、比較して考えてみると、この作品の考察要素はどちらかというと「Q」に寄っていると感じた。

考察してみたいものの、どうしても納得がいかない部分、強引な展開があるし、この作品に登場する怪異はかなり「なんでもあり」系の怪異なので、まじめに考察すればするほどなんでも出来てしまうと感じる。

「(かなりエスパーすると)怖くするために入れたんだろうな」な要素と、1つの設定として筋が通りそうな部分がどうしても衝突するという感じだろうか。

しかし、ネタバレになるので詳細は言えないが、弟の失踪の真相の部分、そこを敬太がどう認識しているかに関しては、オカルトだけではなく心理的に説明がつくし、ストーリーの根幹でもあるため、深読みではなく作り込まれている要素であるとも感じた。

 

総じてストーリーに関しては、中身なしホラーを想定していたら十分面白いが、期待しすぎたり、整合性を求めると期待外れになってしまうかもしれないといったレベル。

ホラー要素に関しては、触れ込みに関しては若干嘘があると感じるが、改めて正統派のJホラーの怖さを目指すといった看板に偽りはなさそう。

 

考察に関しては、何度も見返せるテレビ番組やYouTube動画と違うので、公開間もない今の状態では難しい部分もあるだろう。

この記事では「考察するほどの謎はなさそう」と結論付けてしまったが、ソフト化の後に見返したら、例えばビデオテープの冒頭の映像部分に何かが映ってる……というのはありがちだし、早計かもしれない。

感想を書く前に人の感想を読みすぎないようにしているので、この記事はここで終わらせてしまうが、今後考察が充実するのなら、それなりに楽しみにしている。

フェイクドキュメンタリーQ 「MOTHER」

「Q」の20話、シーズン2の8話。

 

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幼少期に母親が行方不明になったという男性。母親がいなくなった現場である実家のもとに、謎の送付物が届くようになる。それを母親の手がかりと信じて、見当違いな推理に入れ込んでいく……という話。

 

これはいろいろな意味で傑作だった。過剰な考察勢に対する皮肉としては痛快だし、ホラーとしてもリアルな恐怖がある。

自分は「Q」を、「そこまで考えて作られてない」とまでは思っていないが、「制作や演出の都合上こうした方が良かったんだろう」で説明がつくことすら、必要以上に考察されている部分があると思っている。

自分も話を書く人だからわかるけど、制作側としては、そういうただの手抜きとも取れる部分すら考察要素として見てくれるならラッキーでしかないので、深い意味のない要素も常に存在すると思っていたほうが良い。

もちろんそれをわかった上で考察を楽しむのは良いけど、そのへんを考慮しないのであれば、それは考察というより、自分で辻褄が合うオリジナル設定を作っているだけに過ぎないと思う。

正直これに「考察勢をバカにしている」というほどの悪意があるかはわからない。最後の「それが生きがいかのように」のナレーションは、「みんな考察してくれてありがとう」という意図にもとれる。

ただやっぱり、作中での男性の言動を見て自分は「支離滅裂じゃないか」と思って、陰謀論者を見ているときの気持ち悪さみたいなものを感じたので、「お前ら冷静になれ」くらいの意図はあるのかな、というのが個人的な感想。

 

この男性は態度や話し方が少しぶっきらぼうな感じがする以外は特に悪い印象のない、普通の子持ちの既婚男性と見える。

母親がいなくなり、大人になってから当時のニュースの音声が送られてくるというイタズラに怒るのはとても自然だし、ぶち切れないだけむしろ優しい。

それが、母親っぽい人が映ってるとされる映像が送られてきてから、送られてくるものはすべて母親か犯人への手がかりじゃないか、と思いこむようになっている。映像は不明瞭すぎて、母親っぽいかどうかも微妙なところだ。

スタッフも黙って話を聞いているだけで、なんのリアクションも返さない。ぜんぜん違う場所にも見える、普通のよくある集合住宅の写真を「同じ場所で撮られている」と解釈しているのが決定的にやばい。

 

推理はどんどんエスカレートしていくので、どこから「いや、それは深読みのしすぎだ」となるかは人による。

でも個人的には、写真が栃木県の駅だというだけで関連があると思ってしまう時点で、どうした?と思った。行方不明になったのは栃木県の家なんだし、もともと当時のニュースの音声で嫌がらせしてくるようなやつなんだから、適当に栃木県の駅の写真を送っただけで説明がついてしまう。

それからもずっとこじつけや意味不明な理論が続く。「地図はルートを描くために作られた」というのも、それはよく考えると何の理由付けにもなってないし、何を言っているんだという感じ。

こじつけの仕方も、過激な考察勢がよくする、歴史とかを紐解いて共通点を無理やり見つけるみたいなものがふんだんに取り込まれていて、すごい皮肉的だなぁと思ってしまった。

根本的に、母親の手がかりを犯人がわざわざ送ってくる意味がないので、それがはっきりしない限りは犯人が送ってきたと考えるべきじゃないと思うんだけど、「この写真には”監視しているぞ”という意図がある」と解釈して自分の中で無理やり正当化できてしまっている。

 

まあ、理屈は支離滅裂ではあるが、ちゃんと自分なりに歴史や製品の名前を調べて調査とかも行ってはいるし、頭がすごく悪いわけじゃない。

陰謀論者のように、自分の意見と反するものをバカにしたりするわけでもないので、単に母親の手がかりを探したかっただけで悪い人じゃないし、可哀想だとも思える。

誰でもきっかけ次第でこんな風になってしまうんだぞ、というホラーでもあり、問題提起でもある……という印象(正直自分は「バカにしてる」ように見えてしまうけど、そうじゃないなら、「問題提起なんだろう」、と受け止めることにする)。

 

ちなみに書籍版を読むと少し事情が違ってくるらしいので、あくまで映像だけの感想。

ただ書籍版で裏設定が追加されて実は本当にこの男性の妄想がガチだったとしても、それこそ制作側の都合であり、この映像に対する感想は揺るがないと思う。

フェイクドキュメンタリーQ 「テイク100 - Take100」

「Q」の19話、シーズン2の7話。

 

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正体不明の日本映画の未編集のフィルムが発見され、映像に関する古いおもちゃなどを保管している施設「おもちゃ映画ミュージアム」の管理人がそれを紹介するという話。

未編集なため、失敗したと思われるカットがそのまま残っているのだけど、あまりにテイク数が多すぎる上、映っている内容も撮り直す必要があるとは思えない内容で、異様だという。

 

最初に紹介される「ソーマトロープ」などの、古いアニメーションの道具はすべて実際に存在するもの。

「おもちゃ映画ミュージアム」も実在するし、チラッと映る映像作品もこのためにそれっぽいものを用意したとは思えないので、おそらく本当にミュージアムにあるものを紹介しているのだろう。

これは本当のドキュメンタリーっぽさを大事にしているというか、丁寧に物語に入っていくことが出来て良い。

それゆえに映像自体には違和感のある部分もあるが、それが意図的なものかはとても悩ましい。

 

フェイクドキュメンタリーというジャンルは、「放送禁止」のように、「普通のドキュメンタリーと思って見てたら、どんどん怖い内容に……」というのが王道だとは思う。

本当にあった出来事かのようなプロモーションがなされたのは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(もしくはパクリ元と言われる「ジャージー・デビル・プロジェクト」)が発祥か。

ブレア・ウィッチ・プロジェクトは大ヒットしたけど、リアルタイムで体験していた人以外の評価は高くなく、そのプロモーション込みでの作品なのは明白。

「Q」は名前で「フェイクドキュメンタリー」と銘打ってる時点で騙すような意図はないし、明らかな怪異が登場する時点でそれはもうフェイクなのだから、これをフェイクドキュメンタリーと言ったら怖い映像の多くがフェイクドキュメンタリーになるのでは?とちょっと思う。

かといって、「フェイクだとわかってしまったら完全に面白くない」という風にも自分は思わないし、わかった上でリアルなドキュメンタリーっぽさを求めている部分がある。

あまりに雑に偽物とわかる作りがあると萎えてしまう(「コワすぎ」みたいなのは置いといて)。そういうジャンルなんだな、と思っている。

 

何度も撮り直される映像はなんてことないシーンにも見えるが、奥の方に何かが横たわってるようにも見え、よくわからないので、最初からどことなく不気味。

古い映像のようになってはいるが、映像の画質が妙に良く、白黒時代の映画っぽさがあまり感じられないので、わりと最近に撮られたものなのかもしれない。

もっと低レベルな作品だと時代設定を無視した画質やアス比の映像を見るけど、さすがにこの作品のスタッフは古い映像っぽく加工する技術くらいは心得てるだろう、とメタ的に、思っているんだけど、どうなんだろう?

 

同じような映像を見続けているとだんだん不気味な映像に変わっていくというギミック自体は、ホラーの定番だけどすごく良かった。

途中で変な黒い影が現れるシーンはもちろんだけど、女性がカメラの前に急に現れるシーンが一番怖かったな。

同じような映像を延々見せるという描写自体は、飽きが来るので好き嫌いが分かれるんだろうなと思うけど、ギリ耐えられる長さだった。

 

この映像の目的は何なのかというと、儀式を撮影したものなのか、撮影して公開することまで含めた儀式なのか……。

奥に布団をかぶった何かが横たわってる(遺体?)ことと、謎の存在が家の外から現れる様子を見ると、シーズン1の「来訪」と関係あるのでは?と思った。

「来訪」と関係あるにせよないにせよ、あれは撮影禁止の儀式と言いながら撮影がなされており、それ自体が「なぜ撮影したのか?」みたいな考察要素を残しているので、この作品もそういう感じなのかも。

 

映像のテイク数が多いことだけじゃなく、明らかに映像を見ると、怪異が部屋に侵入しているという異様さに誰も言及していないことは不気味。

でも、映像を見せる前に「変なものが映り込んでいるんですよ」と言ったら面白さが半減するし、それは作品の都合では?とも思える。

「イシナガキクエ」でも解決編で絶対に残すべきじゃない殺人の現場みたいな映像をわざわざ保管してたけど、あれはもう視聴者に解説として見せるために作ったものなのは明らかだし。

もちろんそれで「この描写は意味ない」と確定するほど強い根拠ではないけど、何度も言うように、「Q」は考察の余地は残してるものの明確な回答はたぶん残していないだろうと自分は思っているので、あまり深くは考えず、ホラー映像としてまあまあ面白かった、の意見にとどめておく。

フェイクドキュメンタリーQ 「隠しリンク - Hidden link」

「Q」の18話、シーズン2の6話。

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あるポッドキャストで喋ってる個人配信者(?)の、後輩だかの知り合いが、面識のない女性の訃報をきっかけに自身の出身校のホームページを見ていたら、不気味なギミックがあることを知る……という内容。

 

ソースコードにコメントで何か書かれていたり、見えないリンクがあるというのは昔の個人サイトあるあるで、自分の世代には懐かしい感じがする。

思い返してみればその中にホラーな要素があるのも「あるある」だったかもしれないし、「こ~こはど~この箱庭じゃ?」みたいな、個人サイト風のインタラクティブなホラーコンテンツも思い出される。

コメントの文字自体はただの文章で、怖い画像とかではないし、ただ爆サイみたいな稚拙な悪口が書かれているだけ。でもそのしょぼさがリアルな体験に忠実というか、不気味で良い。

ネット黎明期にあった個人サイトの日記風の小説で「絶望の世界」という有名な作品があるけど、あの日記風ゆえの情報の足りなさというか、絶妙な気持ち悪さとも似ているかも。

コメント以外にも色々辿っていって、呪いの音声みたいなのが出てくるところまでは結構怖かった。ただ、こういう謎のうめき声みたいな音声と、逆再生っぽいギミックはさすがに食傷気味ではある……。

こういう音声は、「謎の映像・CMチャンネル」で死ぬほど聞いたような気がする。

 

さらに、隠しページから隠しページへと、次々にいろんなギミックや不気味なページが出てくるけど、ここからは正直微妙だった。

殺人に対して語ってるっぽい掲示板とか、不気味な人探しのサイトとか、よくあるものでもあるし、明確に元ネタが思い出せるものもある。

元ネタがあること、それ自体はいいんだけど、それを連続で次々に出されると、ただ思いつく限りのネタを詰め込んだだけに見えてしまって、あまり怖がれない……。

最初の訃報との話の関連については、何か呪い的なやつで死んだとか、殺人依頼で殺されたとかを当然考えたけど、後半はあまりにネタを乱雑に詰め込んだ感じがしすぎて、そういう考察をする気もなくなってしまった。

そうなると、ソースコードを見たり、zipをパスワード解析するツールを使う知恵があるのに、隠しリンクはなぜかひたすら手動で踏んでいって探索を続けているという設定も、別に本来はスルーすりゃいい程度の瑕疵ではあるんだけど、適当にネタを詰め込んだだけで何も考えてないんじゃないか?と思えてくるかな……。

 

本来不可侵なはずの公的な機関のサイトのID・パスワードがガバガバになり、好き勝手に変なことを書かれるっていうネタ自体は、結構おもしろい。

学校は公的機関ではあるけど、サイトでの最新情報がそこまで見られてるのか?っていうのは疑問で、割と雑に管理されてそうなのも想像つくし、2010年くらいていう設定もなおさらリアル。

最近は某弁護士関連のガチのハッキングで、そこまでガバガバじゃない普通のサイトが変な内容に書き換えられたりもしてたけど、それはお金が絡んでいたり明確に嫌がらせの対象が決まっているから恐怖とはちょっと違うかな。これは、ただただ正体不明な感じが良いなー。

リゾートバイト(途中までネタバレなし)

「きさらぎ駅」などの永江二朗監督による洒落怖の映画化。2023年10月20日公開。

 

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原作は履修済みだけど、かなり前に読んだきりでおおまかなストーリーを覚えている程度。でも評判はいいし、自分も面白かった記憶はある。

永江二朗監督の作品は「きさらぎ駅」を観て、原作をいい意味でぶち壊した感じにしてくれる印象を持っていたので、今回の評判のいい原作をどう調理するか、期待値は高くも低くもなかった。

 

まずは大きなネタバレの無い感想から。

 

予告編のコメント欄がかなり荒れている通り、一番目立つ改変は、原作の主人公グループが大学生の男3人だったのが男1・女2になる、こと。

性別が改変されるのは正直よくあることすぎて、それに対してつべこべ言うのはあまり好きではないのだけど、この改変をすると洒落怖定番の「大学生が悪ふざけしちゃうノリ」が完全になくなってしまうので、これは正直、どうかと思った。

もちろん、男1・女2のグループでも悪ふざけしちゃう大学生のノリは再現可能だと思うけど、この映画では陰気な男女が1人ずつ+1人気の強めの女がいるという構造なので、この時点で原作のノリの再現は難しい。

で、オリキャラでお調子者のおっさんが出てきて、このおっさんに「肝試し」などを企画させることで、悪ふざけのノリを背負わせる形になっている。何も好感など持てないキャラだけど、一応、後半ではストーリー上それなりの役割を担う。

性別を改変する目論見の多くが恋愛要素を入れることだと思うけど、例に漏れず恋愛要素、さらに恋する相手のために勇気を出して怖い場所に踏み込むといった動機づけ(「普通そんな怖い場所に一人で行かないやろ」というツッコミ回避だ!)が追加される。

ただ、美男美女ではあるけどどうも陰気でコミュニケーション能力に欠けるペアなので、正直恋愛要素を素直に受け取ろうとしても、「はっきりしねえなあ」と思ってしまい、あまり好感を持つことが出来ない。

ちなみに「きさらぎ駅」では、主人公の女がただ怪異に巻き込まれるだけではなく、謎に行動力が高く思い切りのいい人間で、Xでもちょっとそのおかしさが話題になりバズっていたし、「サプライズ」みたいな驚きがあった(ダジャレじゃなくてそういう名前の映画です)。

それを考えると、このキャラクター造形も単に魅力的なキャラにできなかった顛末ではなく、意図的なものであるように思うし、残り1人の強気な女の役割も見えてくる。

 

予告編を観ていることを前提に語ったけど、自分は予告編は観ていなかった。

改めて予告編と「きさらぎ駅」を踏まえるとこの作品がどういう作品なのかは事前にわかってしまうと気付いたんだけど……、「リゾートバイト」以外にも、洒落怖の有名な怖い話、いや洒落怖にとどまらずネットで有名なホラー話や都市伝説が、いくつもミックスされた話になっている。

具体的な作品名や怪異の名前がはっきり出てくるものから、作品名は思い浮かばないけど「こういうシーンはあるあるだよね」というネタも含めて。

序盤は「リゾートバイト」の怖い部分を「ある程度は」映像化しており、それなりに怖いものの、改変要素があまりに足を引っ張り、「序盤だけは原作再現」とは言い難い。

要するに、洒落怖で読んだ話がどういう風にミックスされているか、そしてその結果としてめちゃくちゃになってしまった設定と展開をあまり期待せずギャグ調で楽しむ作品になっていると思う。

 

ここからはネタバレ感想。

 

洒落怖の「禁后」の要素がチラ見せで出てくるが、ほぼ意味無し。リゾートバイトの細かい話覚えてないんだけど、確かにどこかで変な儀式をやっているという意味では似てる話か。

ここは必要ないというか、洒落怖ファンへのサービスなのかもしれないけど、ガチのファンは「違う話じゃねーか!」って怒るような気がするし、混ぜなくてよかったのでは?と思う。

 

そして、実は旅館で行われた謎の儀式と、八尺様がつながっているということがわかる。

八尺様自体は認知度が高く、萌えキャラとしてネタ化されてもいるキャラなので、ガチのホラーをやるとしたら人選ミスだけど、後半はほとんどギャグなので適任なのかもしれない。

「怪異が思ってたのと違う」っていう話は「ひょうせ・渦人形」っていう話が元ネタかな?あと、「一晩この部屋にこもってやり過ごしなさい」っていうネタも超よく見かけるけど大元がわからん。

 

途中で登場する、島の寺の住職として紹介された人物が結構がっつり霊能力を持っていて、霊能バトルみたいなのが行われるけど、これは白石くんの映画みたいなのをやりたかったのかな。

電気っぽいエフェクトが走ったり、火が出たり、全体的に天才てれびくんみたいでかなりしょぼいけど、白石くんの映画も似たようなものか……。ただ白石くんはチープなりにうまく不気味さを出していたとは思うけど。

陰の女の身体に住職の魂が入ると、引き締まった表情をしてかっこいい感じになる。言い方悪いけど、陰の女は最初は常にしまらない表情をしていて、役者は美人なのになんかみっともないなぁ……と正直思っていたのが、このための演出だったのか?

こうなると、また白石くんのコワすぎに出てくる真壁先生みたいな強い女性霊能者って感じでかっこいい。真壁先生は優しいけど。

恋愛要素を入れたかったのもあるだろうけど、ここを面白くしたかったのも性別改変した理由の1つなのだろう。

 

主人公グループのキャラに好感が持てないのを踏まえると、「きさらぎ駅」も主人公が陥れられるオチだったため、おそらくこれも彼らは救われないバッドエンドなのだろうと想像はついてたから、この映画のオチの驚きはそんなになかった。

さすがに具体的にどういうオチなのかまではわからなかったけど。カーレースゲームとか、生魚が食えないとか、地味な伏線みたいなのも結構あって、それなりに丁寧。

丁寧だけど、コレに関しては「カーレースゲームの描写を序盤に入れる」とか、それってストーリー構成上難しいことではないので、高度な物語かというと別に……って感じ。

こういうので「伏線が意外と」とか言われると期待しすぎちゃうので、基本的にバカバカしい話として観たほうがよくて、気を抜いてると不意打ちで驚かされる、くらいの温度感が良いのかなと思う。

 

ホラーとしては、音でびっくりさせるもの、いわゆるジャンプスケアが多くて、まあこれに関しては嫌われるタイプのホラーだなぁ、と思った。

特に家で観ていると、小声で喋るシーンと大音量のシーンのギャップで音量設定に困るし、ほんとやめてほしい。イヤホンで聞いていればいいんだろうけど、これは多人数で観るのに向いた映画ではないのか……。

八尺様の造形が初めて見えるところとかは少しゾクゾクしたけど、見えてしまえばとてもチープ。一番怖かったのは、陰男が変なもの食ってたとこ。

あそこは原作通りだし、そう考えると、やっぱリゾートバイトの舞台設定は良く出来てる。その雰囲気をちゃんと再現したらまっとうに面白いホラーになったのかもしれないし、この形で消化してしまうのはもったいない気もした。

 

全体的にネガティブなことを書いてしまったけど、おバカホラー映画としてはかなり楽しかった。

ただ、序盤はそれなりに真面目、それはいい意味じゃなくて半端に真面目だから退屈とも言える。ホラーはほとんどそうかもしれないけれど。

前半と後半のギャップをミリしらで楽しむべきなのか、もう割り切って「きさらぎ駅」と同じようにそういう作品であるとして最初から身構えてみるべきだったかは、まだわからない。

少なくともこの2作を経験してしまったら、次以降の作品はそういう目で見るかな。とりあえず、「リゾートバイト」に愛着がある人にはあまりおすすめできない。

フェイクドキュメンタリーQ 「怪談 - Passengers」

「Q」の17話、シーズン2の5話。

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元タクシー運転手だという男は、そのときに体験した不思議な体験がホラー雑誌の記事として掲載されたという。

その際、その現場の取材に同行するものの、実はその体験はすべて作り話だったといい、怖い出来事など起こるはずがない。しかし、実際に恐ろしい出来事が起こり始め……という内容。

 

「Q」の特徴を活かしているというか、かなり出来のいい話だった。

「Q」は基本的に、怪物や幽霊などがはっきり出てくることはない。不気味な写真はよく出てくるが、はっきり幽霊とか、鬼の形相をしてるとかではなく、人間の顔が変に崩れているとか、グリッチ的に全体が歪んでるとか、そういう映し方をする。

そのために明確なオチがない話が多く、考察や想像の余地があるといえば聞こえはいいけど、さすがに17話もやっていると「また視聴者に丸投げで、たいして考えてないんだろう」と思わないこともない。

今回も、何が真実なのかわからなくなったという、その「制作側に明確な回答がなさそう」系統でありながら、そこに行き着く過程自体が新しいアプローチだったので、マンネリと感じる自分の思考が良い意味で裏切られた感じ。

なんなら回答はあるのかもしれない、と感じさせてくれる。それが大事。

 

ネットで感想や考察を読んだけど、個人的には、タクシー運転手の男の表情や態度が白々しく、たとえば変なメモを読むところとか、普通もっとビビるんじゃないか?と思ったんだけど、ディレクターの態度の方がうさんくさいという意見もあった。色々ある。

あとは40kmくらいを2時間で走ったというのも最初から違和感があった。信号とかはあると思うけど、時速20km/hはせいぜい自転車くらいのスピードじゃないのか。適当に話しているのか、時間感覚が麻痺してるのかも?

 

もともとタクシー運転手が語っていた怪談自体は本当にどこかで聞いたことのあるようなありふれた、はっきり言ってつまらないものだった。これはわざとだと思う。

山奥で体験する不気味な出来事も、一部はどこかで見たことがあるものが多い。これがディレクターの仕込みだから、何かのパクリっぽくなってるという伏線なのであれば面白い。

不気味なビニール紐については、最近Theつぶろに解明された有名な探偵ナイトスクープの回が思いつくし、山奥にモノが捨てられているのは、ネット怪談のエロ本小屋の話とかが思いつく(あの恐怖とはだいぶ毛色違うけど、まあ、よくある……ってこと)。

木に大量の写真が飾られている?祀られている?シーンや、やっとたどりついた車に誰かが乗り込んでいるという恐怖体験は、あまり見覚えがなく、面白かった。

 

実際に誰が追いかけてきたのか、何が車に乗っていたのかはよくわからないが、これも見せない方が良かったと思うし、これも「Q」の特徴が効果的に機能していると感じた。

 

ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部

2016年発表でずっと読もうと思って読んでなかったのをようやく読んだ。

ハリーがアラフォーになった世界で、ハリーの2人の息子の次男アルバスと、ドラコ・マルフォイの一人息子スコーピウスの友情を中心とした物語。

舞台脚本という形なので、小説よりだいぶライトだけど、そのかわり新しいキャラが出てくると名前だけで認識しなきゃいけなくて、頭にスッと入ってこないかもしれない。序盤でちょっと「誰が誰だっけ……」となってしまった。

 

自分はハリポタは好きで原作も映画も一通りは見てるけど、何回も読み返したりはしてないし、細かい設定は忘れてると思う。

ハリポタ自体、最初の方は児童書としてとても完成度が高く評判がいいけど、後半になるほどダーク……ダークというよりは作者がひねくれているだけでは?という物語になっていく……という印象があるけど、これも自分の感想というよりはネット全体の雰囲気にのまれているのかも。

だからいい加減なこと言ってたらごめんなさい。

 

アルスコの関係の設定を聞いただけでもう好きなんだけど、出会って最初の3年(2年?)はスキップされるので、そこは二次創作でふくらませる余地があって楽しそう。

……って思ったけど、読み終えたあとはある程度年齢いってからじゃないとこの2人の関係は面白くないかもって思った。消去法みたいな形で繋がってるんじゃなくて、お互いにお互いがいいってはっきり伝えあえる年齢になってからのほうがいいかなーと。

アルバスは単純におとなしい、魔法の才能がない、偉大な親のせいで居心地わるいってだけじゃなくて、普通に性格がひねくれてるところがあるが、こればっかりは周囲の扱いか本人の責任が先なのかわからんよねー。ジェームズの影響もありそうだし。

ジェームズなんなんだ。親からしても親以上に優秀な子供みたいだし、こんな兄いたらいろいろな意味で嫌過ぎる。物語上も空気過ぎて笑ってしまった。名前に呪われてる。

ハリーとの口論シーンはさすがにハリーがひどすぎるけど、めんどくさい子供ではありそうで、何より相当きつい境遇のスコーピウスに諭されてるとこ見ると本人の非もあるとは思った。

 

最初の過去改変のあとのハリーのドラコやスコーピウスに対する扱いは、さすがに過去改変のせいでおかしくなったんだって思ってたけど、普通に素に近かったんだ……。酷いけど、息子を想ってるんだ!で色々見えなくなってるのはダメ親父のリアリティあるな。

ぶっちゃけもともとハリーのことを悪いやつだとはもちろん思ってないとはいえ、すごくいいやつだとも思ってないので、ダメ親父でも正直意外感はないというか……。

ハリポタの世界の強さや才覚ってわりとふわっとしていると思っていて、ストーリー上で苦難を乗り越えるのって凄い便利な魔法アイテムの利用(杖や箒のパワーアップもある)だったりする印象で、この話も逆転時計が鍵を握っているし。

アバダケダブラは理論を理解し、本気で撃たないと効かないみたいな話も、それは作者のさじ加減ていうか、サイコパスと化したハーマイオニーみたいなやつがいたら即ヴォルデモート化すんの?っていう世界観への疑問はある。

ハリーが明らかに優れてるなって思うのは箒がうまいのといざというときの勇気で、でも勇気も無鉄砲さを裏返しみたいなとこあって、コネと運が強い印象もあるから、それがいい父親になれるかっていうとなれなそうじゃない?

もちろん設定上ハリーには闇祓いの才能がすごくあるのはわかってるけど、結局今は管理職になって向いてないデスクワークやってるのも妙なリアリティあるな……。

 

ドラコとの和解もだけど、ダンブルドア・スネイプそれぞれいい人だけど欠点も相当あったよねっていう話があって、悪く言えば辻褄合わせのような感じにも読めるけど、フォローされていて素直に良かったと思う。

特にドラコに対してはハリーの対応が普通によくなかったから、そっちの方に感情移入できたしね。まあ今から本編の最初の方見たらドラコ嫌すぎて笑うんだろうけど。

 

生死のシビアさというか、なんも悪くない生徒が殺されたことは悲しいけどもうどうしようもないっていう扱いなのはそういう世界観だってだけだけど、どう受け取ったらいいのかなぁと思った。

セドリックは読者にとっても特別な生徒だったからそれを救いたいという物語は納得感ありつつ、それでも救うことはできないという落とし所がハリー両親見殺しに繋がり、それなりの重みがあったわけだし。

でもセドリックは恥かかされたくらいで闇堕ちする奴だったか?って言われたらキャラ崩壊な気がする。

クラッブとゴイルはまあ普通にダメな友達だったとは思うけど、どっちか死んでだいぶ経ってからあいつら程度が低くてお前らが羨ましかったって言われるの可哀想で笑った。やっぱ生死シビアだよなー……。

 

アルスコの話に戻るけど、スコーピウスは本が好きで知識があるし、オタク臭いけど、別に普段の振る舞いはオタクじゃないし、普通に長所だよな。二次創作的には性的な知識は薄いみたいな感じになりそうだけど。

酷い境遇なのに、哀れまれるのもまだ憎まれるよりはマシみたいな考え方なの、好きすぎるし、愛される性格してる。愛される性格してるのに愛されないの、可哀想だけどアルバスからしたら「俺だけはこいつの良さ知ってる……」ってなるけど作中ではまだそこまで強い思いになってない気もした。

(でもこういうポジティブさを恋愛的な知識の薄さと合わせると、迷惑なアタック繰り返す哀れな人が生まれそうだな……とも思った。ただまあ血的に美形なはずだから問題はないだろう……)

アルバスとどっちが可哀想かって言われたら人によるけど、本人は秀でた能力あるのにひどい噂流されて不当な扱いを受けてる方が可哀想過ぎる……と自分の性格上は思ってしまう。ざんこくだけど、何も出来ない人が好かれないのはある意味仕方ないので……。

それに対したらアルバスは、変に現実見据えちゃって嫌な可能性考える性格なんだけど、冷静さとも言えるのが、父親へのコンプのせいで変なとこでバランス崩れて感情的になるんだね。これも少し年齢上がって自己肯定感高まったら普通にクールな感じになれるんだと思うけど。

 

まあストーリーは、総じてそこまで複雑な話じゃないけど、サプライズ要素もあってハリポタらしい、というかハリポタに限らず、夏休みに見に行く映画らしさがあってよかった。劇場版ドラえもんみたいな、子供が世界の危機救う系の。

あくまで続編でスピンオフだからアルスコだけで全てを解決するんじゃなくて、ハリー達の活躍も相当多かったし最後はそっちが持っていったから、そのへんはちょっと違うけど。

肝心の魔法で戦うところとかはこの媒体だとなにひとつわからないので、舞台も見てみたいかなーと思った。